毎日が慰霊の日③


毎日が慰霊の日③

*:*【今ある倖せに感謝し生きる】*:*

2014.10.31
私は10代ころから前世のさまざまな記憶を、鮮明に思い出し始めました。

楽しい記憶も、切なく甘い記憶も、その頃に目にした景色と感情も、共に蘇ってきました。

その中で一番過酷だったのは『戦の記憶』でした。

…想い出さなければ、よかった…。   心底…思いました。

悲惨な情景も 辛い記憶も 感情も ひきちぎられる程の胸の痛みも 我を失うほどの感情の渦も

想い出さなければ、蘇らなかったのに…と。

想い起こして、いつも痛感するのは、大切な人達を護りきれなかった「無念さ」と、己の「非力さ」でした。

大切な人達を護りたかった。  失いたくなかった。

…だから。

無念の想いの分「強くあれ」と自分に言い聞かし、その「痛み」は今、私の原動力となっています。

私が沖縄に産まれ育ったのには きっと、意味がある。

幼少から霊と話せるのにも きっと、意味がある。

前世の記憶が蘇ったのも きっと、意味がある。

その意味を問いかけながら…。

中学生になると、御霊の供養をおこなうようになりました。

まだこの世にいらっしゃる、成仏されてない御霊のかたを見かけては、
話しかけ、想いを聞き、相談に乗り、天へと昇れる道を一緒に考え、模索しながら…。

沖縄戦のあったガマへ訪れ、供養の祈りを捧げるようになると
さらに、過酷なものとなりました。

御霊の方々の話しを聞きながら、私の体と心で戦争体験を追憶し、痛みを伴いながら
「最後の時」を追体験してゆく…。

あの世に 天国があるのか 地獄があるのか解らないが
この世には 天国と地獄が混在しているのだと、知りました。

生きながらに何度も「死の体験」をするのは想像を絶し、正直しんどい。

しかし、それを出来る人は少なく
少ない中で、おこなう者も一握りなら…私は、やろうと思いました。

まだそこに苦しみの渦に沈む御霊の方々がおられ、それで救われる多くの方々がいらっしゃるから。

暗闇に差しこむ一筋の光となれたなら…。

きっと、私の今生尽きても終わらないお志事。

精神が砕けてしまいそうなときもある、だが、
前世の「戦の記憶」を想い出さなければ、悲惨さに…堪えることもできなかった。

守りたい人を護り、私と同じ想いはさせたくない。

だから、ツアー参加者さまへ。

供養の祈りに専念できるよう結界を張りめぐらし
各所で祓い浄めをおこない霊的面をサポートしながら行っています。

私なりの慰霊。 それぞれの弔い。

御霊の方々が いつも口々につげるのは『今ある幸せを噛み締めて僕たちの分も「生きてくれ」』と。

食べ物がある幸せ。
着るものがある幸せ。
笑い合える幸せ。
抱き合える幸せ。

大切な人を大事にできる幸せ。

私たちが当たり前に過ごしている生活は、どんなに幸せに満ち溢れていることか…

それは、先人達が望んで望んで、得られなかった幸せで…

私たちは、その上に 今、生きているのです。

琉球スピリチュアルガイド
おつなぎ役  我那覇れな


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